English version below. 日本語版も以下で書いてあります。
Voici le texte, légèrement remanié, d'un exposé donné mercredi dernier en cours de japonais. Le thème imposé était « Le Japon et moi », et je me suis hasardé à le tordre suffisamment pour parler du sentiment, phénomène social, mouvement esthétique que vous imaginez. C'est certainement très décousu et grammaticalement douteux, mais j'ai eu le plaisir d'éveiller malgré tout l'intérêt d'un camarade du cours qui prépare une thèse en histoire de l'art du Japon, et que mon blabla, tout désorganisé qu'il a pu être, a eu l'air de convaincre qu'il y avait en tout cas de ce côté des choses plus intéressantes à creuser qu'il n'y paraît au premier abord. Quelques références qui valent mieux que mes approximations : l'article de Wikipedia en japonais (très détaillé) et en anglais (synthétique); le texte de Ken Akamatsu (traduit en anglais par Matthew, car il semble impossible de faire un lien sur l'original), celui de Moetry, celui de Shingo; un article de synthèse de Skav blog à propos du brûlot de Mimei Sakamoto; quelques remarques de Miyazaki sur les raisons qui font que ses personnages principaux sont féminins; une page à propos de Lewis Caroll photographe (voir en particulier les quelques portraits d'Alice Lidell). Et au sujet, pas si simple, de ce que valent au juste des pages comme celles-là, un article de jpmeyer (auquel je suis par ailleurs redevable de beaucoup de lectures passionnantes ces dernières semaines).
Here is a slightly edited transcript of a talk I gave last Wednesday in my Japanese class, supposedly about “Japan and me.” I ventured to bend the subject a little and discuss one particular feeling, social phenomenon, æsthetical movement that you may have guessed already. The speech came out disorganized and hardly grammatical but, however rambling, it does seem to have convinced at least one fellow classmate, a graduate student in Japanese Art History, that the whole thing was not quite as shallow as it may appear at first glance. A few valuable references online: the Japanese and English Wikipedia articles (the former being a lot more detailed than the latter); Ken Akamatsu's blog entry, Moetry's definition, Shingo's typology; Skav blog's report on the blogger response to Mimei Sakamoto's inflamatory column; some words of Miyazaki's about his bishoujo heroines; a Lewis Caroll photography page. And on the subject of just how valuable these references are (to academic enquiry at least), read this article by jpmeyer (to whom, incidentally, I am greatly indebted for much enlightening reading these past few weeks).
こちらは日本語授業で今週の水曜日にした発表を少し編集した原稿です。主題は「日本と私」というはずだったんですが、結局萌えのことを話してしまいました。オタクな訳じゃありませんけどね。より面白くて、文法間違いの少ない文章をお読みになりたいなら、ウィキペディアと英語版のリンクをご参照下さい。
日本とワタシ。
おそらく今日の事は謝らなくていけません……。この講演の決められた主題は「日本とワタシ」というのですが、日本にいたのが二週間でしかない私は、もし日本との関係について一般的な言葉で話したら、いいかげんなことを言ってしまうかも知れませんし、日本について詳しい皆さんにつまらなくなるのは仕方のないことでしょう。そういう訳で、ごく限られた演題を選択しました。ですが、おかしいと言えるものです。
日本文化に興味を持った原因は映画なので、最初は有名な日本人の映画監督の事が話せるかなと思いましたが、結局私にとって、難しくて出来る訳にはいかないとは気づきました。そして、去年この学校のアニメ部が設立されて、私が部長になってしまってから、アニメーションは自分の日本との関係の大きな部分を占めるようになってきたので、アニメについて話そうと思いました。ただし、それも広い主題で、私よりももっと広範な知識がある方がここにいますよね。
それにしても、自分の好きなアニメ作品は大体特別な種類に属しますが、このジャンルに対してはよく用いいられる言葉が一つあります。それは……
「萌え〜!」
はい、今日は「萌え」の話をさせて頂きたいのです。変な演題だと言ったでしょう。お許し下さい。
皆さんはこの用語を聞いたことがありますか。大辞林によれば、萌えは「ある人物やものに対して、深い思い込みを抱く様子。その対象は実在するものだけでなく、アニメーションのキャラクタ等空想上のものにも及ぶ。」つまり、本来的にはある人物、特に架空の人物に対する性向や愛などのような感情という意味だそうです。
ですが、今は様々な状況で利用され、明確な定義に関して議論があります。いかにも、元々オタク世界に限られたその用語は最近普及してきて、なかなか人気のある言葉になったようです。2005年、『ユーキャン流行語大賞』にも選ばれました。秋葉系文化とかメイド喫茶とかのはやりと一致して、「萌え」は確かに商用キーワードでも使われています。実は栄えるオタク業界が萌え産業と言われるようになりました。【例:萌えバーガー、もえたん】
こんな風に考えたら、萌えというのは、メイドやメガネっ娘やツンデレっ娘等の美少女フェティッシュについてのみ言われるものと思われるかもしれません。【ツンデレって何?】しかし、それだけではないと思います。電車萌えやメカ萌えの異常語用、または男性キャラに対する萌えをともかくとして、美少女系萌えのみを検討対象とすると、フェティッシュでは納まらない萌えもありそうです。
あるブログ記事の中で赤松健という『ネギま!』の漫画家は萌え意味論に関する自分の意見を説明しました。漫画・アニメ・ゲームの純情で弱い美少女、あるいは美幼女キャラに対する無性の感情で、「かわいくて守りたい」という母性愛のような感じだそうです。親の愛情がもっぱら女性的な特性だと考えられている日本では、男性にとって萌えが子供のような存在に対する親愛を表現する手段になれます。従って、萌え熱心に多額のお金を費やすオタクは、子供を甘やかす親にやや似ていると言ってもいいでしょう。
あの「青年の虚構幼女に対する純愛」の話を聞いてちょっと怪しい感じがするとしても、むしろ外から見ると、萌えは基本的に幼い純真をたたえる美学的な運動と考えられ、この点で美少女像の好評だったビクトリア時代のイギリス芸術に類似しています。例えば、ルイス・キャロルの撮った写真が現代オタクの間に「萌え〜!」と呼ばれることは至極ありそうなことのうように思えます。
かえって、ある美術家は、萌え運動と様式的に近そうでも、あるいは萌えにとって直接な影響があったにもかかわらず、萌えから距離を置くと主張します。とりわけ宮崎駿監督は、アニメキャラに対する強い思い入れを持つことがあり、作品の主人公がほとんどの場合美少女であることで知られますけれども、本人はフェミニストですので、ヒロイン達が観客の心を動かすのは痛ましい苦境に身を置かれるかれではなく、勇気を出して立派な強さを示すからです。ペットのようにかわいがる対象ではなく、尊敬すべきものです。あるオタクと自分の少女主人公との関係、いわゆるロリコン幻想について宮崎監督は不安を抱いているとよく言いました。
ところで萌えは、正真正銘のものは赤松健の無性純愛という理想的な定義に合致するかも知れませんが、一般的な用法では無性と呼べない状況や映像に関して使われる事が多いのです。【例:赤松健こその作品・メガミマガジン79号の『カノン』ポスターとその裏=純愛系VSエロ可愛い】また、ロリコンや二次コンと一緒にされて非難される事もあります。例えば、数ヵ月前に女性漫画家の坂本未明が萌えについて挑発的な記事を書きました。引用させていただきます。「萌え〜とおっしゃいますが、それは幼児性愛とフェティシズムという『変態性欲』である」というような痛烈な発言でした。
世間的に評価の低いオタク集団へのバッシングが坂本氏にとって売名行為であったのはほぼ間違いありません。それにしても、社会的に容認されそうもない18禁美少女ゲーム・同人誌が萌え文化の一つの重要な側面であることは否定できません。【ギャルゲーのアニメ化について】ちなみに、この萌えジャンルも芸術的価値に欠けていないのです。成年向け漫画やコミケ第3日目同人を描いて出発して、今は高く評価されるようになった作家がずいぶん多いようです。いずれにせよ、変わった趣味かも知れませんが、害がないのでしょう。
つまり、芳しくないことを別にすれば、萌え全般は、非主流派の社会現象として興味深いと考えられます。また美学的レベルでは日本の伝統芸術によく見られるはかなさや西洋で好まれていた子供らしい純真さを連想して、カワイイ黄金時代の90年代にさかのぼる新たな思想です。そして結構すてきな作品があります。このような理由で、検討の価値があると思います。
皆さん、どうぞ萌えてください!
Article bien écrit et trés interessant. ^_^
Content qu'il y ait quelques français qui s'interesse au "mouvement/tendance/mode otaku " et au "moe".
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»Merci beaucoup (-_-)ペコリ
En fait, je hasarderais bien l'hypothèse suivante, je ne sais pas ce que vous en pensez: parmi les fans français (mâles, on va dire) de ma génération, on peut plus ou moins distinguer ceux qui sont arrivés à l'anime par le shounen (comme il a pu en passer à l'envi à la télévision jusqu'au début des années 90), et ce qui sont plutôt venus par le cinéma, et notamment par Miyazaki.
Les premiers, qui conservent éventuellement un attachement sentimental pour Saint Seiya ou Hokuto no ken, ne sont pas très sensibles, voire plutôt hostiles, au moe (en tout cas le 萌え -- pour ce qui est du 燃え c'est peut-être autre chose). Les seconds ont naturellement plus de sympathie, a priori, pour la figure de la bishoujo (sympathie qui peut se limiter à apprécier l'héroïne miyazakienne, ou qui peut aller bien au-delà), et je crois que ça fait déjà pas mal de monde pour s'intéresser au moe. Expérimentalement, du moins, ce n'est pas trop dur à confirmer (sur
irc://irc.worldnet.net/#editotaku, par exemple...).Bon, il est tard et j'ai passé les deux dernier jours à bidouiller du PHP (très mauvais pour la santé d'esprit, ça), donc je raconte sûrement déjà n'importe quoi.
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